今日も明日も明後日もわけがわからないまま生き続ける

奨学金制度を利用し学生の身分で途方もない借金を背負ってまで名門・立命館大学を入学・卒業した果てに、中年フリーター兼、駄文垂れ流しダメダメセクハラブロガーと化してしまった、生き地獄の体現者id:dmasaki(debtonn)氏が25日に更新した記事でバズったんですが、その内容が、大量の万札を撮った写真を挿入して34万円の貯蓄ができたことを報告する、というものでした。テレビ番組には、動物か、子供か、ラーメンを映せば視聴率を稼げる、といった通説があるそうですが、どうやら、はてなブログは、金を映したり金の話をすればウケるらしい。金金金金金金。金を見せて見せて見せびらかせば下賎で貧しい卑しい下衆共がうじゃうじゃと群がり湧き上がり踊る阿鼻地獄で北斗の拳羅生門はてなブログ。ぼくのブログがまったくウケない理由がわかりました。ぼくは清貧だから。

ぼくは妖怪になりたいんです。それも、人に当たり散らす妖怪に。人に当たり散らしまくってスッキリしたいんです。人に当たり散らすのは最高のストレス発散です。でも、そんなことをしたら怒りを買います。怒られます。だからぼくは妖怪になりたいんです。人を驚かす妖怪が人を驚かせても、人々は「まあ、あいつは人を驚かす妖怪だからね」って容認するから。河童が尻子玉抜いても「まあ、あいつは河童だからね」って容認するから。警戒したり退治することはあっても、行為自体を否定しようとはしないんです。ぼくが人に当たり散らす妖怪になれば、ぼくに警戒したり、ぼくを退治する人は現れても、ぼくの行為を咎める人はいません。なにせ、そういう妖怪ですから。行為を属性によるものとしてしまえば、なぜか免罪になるようです。そういう属性なのに行為が咎められるのは、神さまだけです。全知全能という属性だから、何やっても「まぁ、神様だから」って容認されるんだけど、たまに「神よ!なぜこのような仕打ちを!」って怒られますから、神さまにはなりたくないんです。しかし、世の中には、意外と、人間でありながら、妖怪みたいな扱いを受ける人も、ちらほら見受けられます。たとえば、毒舌キャラと呼ばれる、人に好き勝手暴言を吐く属性の人間は、人に好き勝手暴言を吐いても容認されるし、不思議ちゃんは、素っ頓狂でとんちんかんな言動をとっても容認されます。ちなみに、坂上忍は、好き勝手さんざん人を痛めつける属性の人間で、好き勝手さんざん人を痛めつけても容認されます。「まあ、坂上忍だからね」って。羨ましい限りですね。……妖怪って、ひょっとして、この類の人間を暗喩するために生み出された概念なんじゃなかろうか。

腹減ったなぁ、でも、もう、俺は食べないんだ。おいしくないごはんを、空腹感紛らわすために無理やり口と胃に詰め込むような行為は、もうしたくないんだ。きっと体やメンタルによくないと思う。捨食。さよなら人類。