ストライク・キチガイボーイズ

毎週日曜日と水曜日に更新します

プロ野球についていろいろ

f:id:ecsdeath:20190525224931j:plain

 

カープが11連勝を決めた。4月の陰惨たる絶不調から、何倍にでもして取り返さんといわんばかりのとてつもない勢いだ。観ていて気持ちがいい。なんというか、野球のレベルが高い。誰かが打てなければ代わりに他の誰かが打って補うし、下位打線は打てないなら打てないなりに粘ってフォアボールを選べるようなしぶとさがあるし、得点力の低下も投手陣がカバーしているし、強いチームというのはこういうものなんだろう。田中広輔も、打撃面ではまだ数字は低いが、徐々に取り戻しつつあるし、守備面では抜群のパフォーマンスを発揮している。きょう(25日)のゲームに至っては、9回ワンナウト3塁の場面、阿部の打ったセンター返しへの超反応とファインプレー、田中のおかげで勝ったと言っても過言ではないとさえ思う。改元前後のときは、おれは、田中を下げろ!二軍に落とせ!などと憤っていたけど、なんのことはない、カープにはやはり田中が必要だったのだ。緒方監督は慧眼なのかもしれない。まぁ、今は勝っているから、こんなふうに田中や緒方を称賛したりなどしているが、また負けが込むようなことになったら、どうせおれはまたそのとき不調の選手のことをああだこうだ言ったり、緒方を非難したりするのだろう。なかなか浅はかである。しかし、所詮、おれなんて、ただの草野球人のドシロウトだし、変に先を見据えたような、しったかぶったことを言っていないで、そのときそのときの状況に応じてものを考えたり言ったりしていればいいんだろう。たぶん。それ以上のことはできん。で、それを踏まえて言うならば、巨人の原監督、ヤツはハッキリ言ってクソだ。なんなんだ彼奴は。ヤツの監督としての手腕の高さは知らない。わからない。だが、人としてクソなのはおれにもわかる。先日、日刊スポーツで原監督の選手への苦言が記事になった。 

t.co

 

内容は見出しの通り、巨人で3番に座る丸、4番に座る岡本に対して、見逃し三振したことにボヤいたというものだ。そうして、もうひとつ。

 

t.co

 

こちらは、要するに、必死に走塁した岡本に対して「走り方キモい」と嘲笑っているものだ。

1つ目の記事が公開されてから、この2名が極端に成績を落としている。特に、高打率と高出塁率をキープしていた丸が、とつぜん大ブレーキ、3日間でヒット1本、フォアボール1つという有様である。原のこの発言は、ある種、丸のプレースタイルを全否定しているに近いもので、5ちゃんねるのなんでも実況板では、原のせいで丸が壊れた、とまで言われているのだが、まぁ、丸の不調が、原の発言が原因であるかどうかはさておいて、監督が、自チームの選手に対して、その選手が何年もかけて築き上げたプレースタイルを否定するようなことを言うのは、いったいどういう了見なんだろう。ましてや、怠慢プレーというわけでもない。怠慢プレーを叱るのであれば、おれにはまだ理解できるのだが。なにより、それを、本人に直接ではなく、マスメディアに伝えるところが、なんとも陰湿なものに感じる。それから、2つ目の記事についてだが、これはもう、ハラスメントですらあるのではなかろうか。岡本のような体型の大きな選手が全力疾走すれば、もちろん決してリードオフマンの走塁のようなスタイリッシュなものにはならないだろうが、それにしても人の外見に触れて「行為の見栄えが悪い」と嘲笑うとは、こいつはとことん人間を舐め腐っていやがる。上司に陰で自分のスタイルを否定するような発言をされたり、立ち居振る舞いを笑われたことを知った部下は、いったいどんな感情で会社で顔を合わせればいいというのだ。監督として有能無能と論ずる以前に、人として下衆でクソすぎる。あと、それを言うなら、巨人に所属するこの選手もだ。

 

www.asagei.com

 

内容は、飲み屋で酒に酔った澤村選手が、他の客の首を締め上げる暴行を働いたというものだ。週刊誌の情報はそこまで信用するものではないにしても、アサ芸がこれだけ自信満々に大々的に報じていれば、事実であることはほぼ確実だろう。まぁ、原がこれを笑い話にしてなぁなぁにしてしまっているというくだりは、ライターの脚色である可能性があるけど。さておき、なぜ巨人首脳陣は、これが報じられた直後のタイミングで、澤村を一軍にあげて登板させているのだろう。わけがわからない。澤村が素晴らしいボールを投じてバッタバッタを相手打者を打ちとろうが、勝とうがタイトルを獲得しようが、それより先に、暴行を働いたことが事実なら、そのことを認めて被害者に対応するなり、謹慎処分を受けなければならないのではないか。この記事が週刊誌のくだらないデマであるならば、なぜ否定する声明を出して、名誉毀損徳間書店を訴訟するなりの行動に出てくれないのか。本人も球団も、何をのうのうと試合に出場したりさせたりしているのだろう。どのみち、プロ野球選手としてどうこう以前に、人として問題がある。

西には西だけの正しさがあるという

f:id:ecsdeath:20190524010543j:plain

これは、私が、ヤフーオークションに出品することを想定して描いたイラストである。まあ、口元がすこし歪んでしまったが、これはすぐに修正できるだろう。そのうち、出品してみるつもりである。

f:id:ecsdeath:20190524010903j:plain

そして、これも出品用に描いたものである。少し、ポップにしてみたのだが、微妙な出来で、そのうえ若干姿勢が複雑なため、面倒くさくなって途中で放棄したので、これはボツ。供養。

f:id:ecsdeath:20190524013116j:plain

これは先日、私が知恵袋に投稿した質問(?)である。3時間ほどでヤフーに削除されてしまったのだが、それまでに20ほど閲覧があったが、ただの1人も「それは違う」とか「無職だろうが生きていていいに決まってる」と私の意見を否定したり、「このクズ野郎!」と私を叱るような人は現れなかった。全面肯定である。やはり無職は世間の認識では、犯罪者予備軍のキチガイの人権剥奪のロリコンの植松聖のうんこ漏らしの床に落ちた陰毛らしい。いや、植松のような原子爆弾級のウルトラヘヴィキチガイでさえ、けっこうな数の人々が英雄視したり天才扱いしているが、無職は誰も英雄視したり共感したりなどしない。植松未満の存在とみなされているらしい。苛烈な世の中だ。しかし、この投稿、われながらよく出来ていると思う。いかにもインターネットなカラーが文章から滲み出ている。「病気や障害を抱えてる人ならともかく」という一文にも刮目だ。そう、このsouseizeeという人物(私だが)、他人の生活スタイルについて「特定の条件の下になら、その生活スタイルをとっていいよ」と、許可を下しているわけだ。自分は他人の人生を管理する権限があると思っているわけである。一見、病人や障害者に対して配慮する聡慧を持ち合わせているようだが、その実知性のかけらも無いかなりクソッタレな発言である。こういう人を、うんざりするほど見たことがないだろうか?私はこの類の、自分のことを神か昭和天皇だとでも勘違いしているクソゴミムシが、反吐が出そうなほど嫌いだ。

今日(23日)もリハビリに励んできた。少しずつ、肩の具合がよくなっている気がする。それに、何百球と投げ込んでいるうちに、だんだん投球のコツが掴めてきた。なにせ、おれは、肩がそこそこ強いくせに、コントロールが無茶苦茶なのである。なんどもとんでもない暴投をやらかしている。しかし、この2日のリハビリで、わかってきた。つまり、相手のグラブに目掛けて投げるのではない。究極、相手を見なくてもいいかもしれない。重要なのは、イメージだ。相手の胸にズバッと投げ込むイメージを、強烈に頭に描くのだ。そして、その描いたイメージの通りに投球が走るように、全身を運動させればいいのだ。名投手・桑田真澄の言っていた「コントロールは体で覚える」というのは、おそらくこういうことなのだろう。投手に限らず、プロ野球の守備職人と呼ばれるような野手がよく、苦しい体勢から相手をほとんど見ずに正確な送球を果たすことがある。あれは、尋常ではないほどの量の守備練習の中で、あらゆる位置から一塁、二塁、三塁、本塁に正確に送球するイメージを培ったからこその技術なのかもしれない。まあ知らんけど。ていうかおれ基本的に外野手だから関係ねえわ。

f:id:ecsdeath:20190524014158j:plain

おやすみなさい。

明日の無い人間は何のために眠ればいいのだろう

すっかり、野球観戦しながら、選手にヤジ飛ばす、下衆な大人になってしまった荒巻です。いま、ベッドの上で、スマホで記事書いてます。きょう(22日)は、めずらしく朝に起きました。昼までリビングでだらだら過ごしたあと、ボールとグラブを持って近所の運動公園へ行って、2時間くらいずっとリハビリを兼ねた投球練習をしていた。肩や脇腹の故障は、いままで何度も経験してきたけど、そのつど、いわゆるノースロー、痛みが無くなるまで一切ボールを投げずに過ごして治療(?)していたのだけど、痛みがひいてから投げるとまた痛める、という事態の繰り返しで、キリがなくて、窮して、ネットで野球肩の対処法を調べてまわっていると、「肩を痛めたなら、痛くない程度の送球で投げ込んで、肩の筋肉や靭帯を強化して、かつ柔軟性を高めるべき」という情報を得たので、今日から実践しているわけである。ぼくは、遠投をすれば、70〜80メートルくらいは投げられる程度の肩力はあるんですが、いまは、痛くて、塁間の27メートルも届かない状態で、きょうは、5メートル地点からネットに投げ込んで、最終的には15メートル程度まで延ばした。いまは、これが限界である。野球経験のない人にはピンとこないと思うが、投げられないというのはなかなかつらい。いうなれば、去勢かEDで、性欲があるのに射精できないようなものだ。気持ちが滅入ってくる。しかし、こればかりは、長いスパンで、地道にリハビリを重ねるしかない。それから、強い日差しの下2時間ものリハビリによって、バテバテのヘロヘロ、肌が真っ赤に焼けた状態で家に帰って、ソファに倒れて、すぐさま、金や仕事のことが頭に去来して憂鬱になる。先日、fixさんから、ヤフオクで手書きの絵を売る案を持ちかけられて、あながちリアリティのないアイデアでも無かったので、すっかり舞い上がって、意気込んだものの、よく考えたら、おれは画材というものをまったく持っていない。いつも安いコピー用紙に安いシャーペンと安いボールペンで描きこんでいるだけである。これを、商品とすることは、無謀である。おれが、いくら世間知らずの阿呆でも、それはわかる。よく知らないが、たぶん、ちゃんとした高級な紙に、ちゃんとした高級な画材で描き込んで、それでようやく商品となるのだ。おれのは、まさに、ただの落書きなのである。だが、当然のことだが、おれには道具を揃えるお金などない。そのうえ、アナログイラストの手法というものを、まるで知らない。デジタルイラストならば、レイヤーを重ねながら作るものだということを知っているが、アナログイラストはどういうプロセスを経て完成するのかまるでわからない。それを調べる時間だって必要だ。かくして、この計画は、頓挫とまでは言わないが、中断せざるを得ない。さて、では、他にどうやって金を稼ぐか?考えるまでもなく、労働である。ソファで横になったまま、スマホタウンワークを開く……まず最初に、タウンワーク名物、3万円アルバイトにダメ元で応募した。その内容は、なんと、アニメのアフレコである。選考を通過できれば、曲がりなりにも俺も晴れて声優デビューというわけである。まぁ、99.999%選考で落とされるのだが。でも、演劇には興味が少しだけある。ドラマなど見ていると「俺の方がうまい演技できるんじゃねーか?」などと思ってしまう。そんなわけないのだけど。まぁ、これは落ちるとして、もう1つ、工場でのダイレクトメール封入作業の短期派遣に応募した。あしたあたり向こうから電話がくるはずだ。期間はわりと自由が効くみたいなので、半月程度やろうと思う。半月、最後までもてば、6万円程度の収入になる。6万円あれば身動きがとれる。草野球の会費に1万円、虫歯の治療に2万円払うとしても、3万円残る。「半月といわずにもっとやれよ」と思われそうだが、そのバイトは以前やったことがあって、ひたすら単純作業を素早く延々とルーチンするだけの仕事で、気が遠くなって、精神が消失しそうになる。体もなかなかつらい。半月が限界である。とにかく、少しでもいいから金を手に入れて、金欠でまったく身動きとれない状況から逃れたい。それにしても、自分で書いていて、なんとまぁ先の暗い人生だろう、と我ながら呆れてしまった。俺には明日が無い。明日がある人は明日のために眠るけど、俺はなんのために眠ればいいのだろう。おやすみ

兄ぃ おれの分 早く作れよ

今日は、20日は、さすがに、ハローワークにでも赴いて、日雇いのバイトでも探そうと思っていたんだが、体が動かなかった。ハロワが閉まっている間はモチベーションがあるんだが、朝になってハロワが開くころになると、とんと行く気が失せた。こういうことは、よくある。行こう、やろう、と思って、やる気も十分だったのに、その時間になると、射精して性欲がスーッと消え去るがごとく、気分が冷めて、体が動いてくれない。日中、すっかり、眠り込んでしまった。さすがに、さすがに、どうにかしなければならない。今月は、なんとかなる。いろんな人たちに恵んでいただけたおかげで、今月は、なんとかなる。でも、来月こそは、どうにもならない。とても、なんとかなるとは考えられない。せめて、1日だけでも、仕事しなければ、首がまわらない。というか、そんな風に、毎月の携帯代とガソリン代と煙草代を払ってしのいでいればいいという状況でもない。ほぼ全部の歯に蔓延した虫歯の治療だって受けたいし、肩や脇腹、膝の怪我の治療も受けたい。草野球の年会費も払いたいし、ユニフォームの膝当てだって買いたい。とても、毎月、なんとか5000円こしらえて、凌いでいればいい、という状況ではないのだ。途方に暮れている。I'm at my wits end。世の中には、いろいろ、不幸な人がいるが、俺こそが、この世でもっとも不幸な人間だという自負がある。俺以上に不幸な人間などいまい。もし、俺以上の不幸に見舞われたなら、たちどころに絶命しているはずだ。だから、この世で一番不幸なのは、やはり俺なのだ。それはともかく、だから、なんとか明日こそは、明日こそは、明日の俺には、なんとか頑張って動いてほしい。頼む、俺。

 

中島みゆきの楽曲でも貼ろうと思ったんだけど、youtubeに無いので、俺がアカペラで歌ったものを挿入して、今日はさようなら。

t.co

何か変だと第六感がいま後ろ髪引っ張った

先日、fixさんに「漫画家を目指したりとかはしないのですか?」と聞かれたのだが、漫画家になるというのは、それは、とても大変なことだ。よっぽど、努力をしないといけない。「じゃあ努力すればいいじゃん」と思われるかもしれないが、だるいし、めんどうくさい。なんというか、おれには、もう、気力がまるで無いのだ。風呂に入る気力も、布団を干す気力も、眉毛を整える気力すらないというのに、いったい、どうして、売り物になる程度の技術を身に付けるまで努力を継続できるだろうか。ぶっちゃけ、ブログですら、500文字も書けば気力的に限界だ。精神科に通っていたとき、医者に「気力の沸く薬をください」と注文したけど、「そんな薬はない」と却下されたこともある。おれは、とにかく、無気力なんだ。しかし、本当のところは、世間の人々は、みんなおれと同じような気力の感覚、体の重さの感覚、筋肉や骨の力の入り具合の感覚で、そのうえでおれみたいに「だるい」とか「おれは無気力だから」とか言い訳することもなく、日々精進に努めているのではないか?と疑ったこともあるが、それはさすがに現実的ではない。もし、おれと同じ程度の、感情、脳の感覚、体の感覚を持った人がいるなら、その人はやはり、社会生活を放棄し、泥沼の人生を送っているであろう。だから、おれは、何も言い訳などしていない。真実なのだ。おれの感覚はおれにしかわからぬ。甘えるなとか、努力がたりないなどと言ってくる他人は、所詮はおれの真実が見えていない盲目だ。言うなれば、目をつむったままストライクとかボールとか審判しているようなものだ。的外れも甚だしい。おれは何も間違っていないのだ。とはいえ、らちがあかない。努力する他人はちゃんと努力できる脳や体を持っているからであって、おれの脳や体はそうデザインされていないということを、きちんと把握したところで、問題は解決していないのだ。それを踏まえていったいどうすればいいのかということだ。先にも述べたが、対それ用の薬というのはないらしい。そもそも、そんな薬があったところで、おれに効果などあるわけがない。もう、どんな薬ですら、ろくに効果を出さない体になってしまっているのだ。フルニトラゼパムですらほとんど効かなくなってしまっているのだから。じゃあ、生活週間の改善か?しかし、よく、「運動でうつ病が治る!」とかいう言説を目耳にするけど、そもそもうつ病の人は(病気の程度にもよるだろうが)運動ができないのではなかろうか?生活週間を改善する気力のない人間が、どうやって生活週間を改善すればいいのだろう。バットを持っていないのにヒットを打つことは長嶋茂雄でない限り不可能なのだ。さて、なんの案もない。窮して、「音楽を聴けば気分が高揚して、気力も沸くのではないか」と、根拠のない、突拍子のないことを思ったりもしたが、もはや、音楽に興奮する感受性などない。中学生の時分、筋肉少女帯の「踊るダメ人間」を聴いて雷に打たれるような衝撃を受けたこともあるが、もうそんな感受性などとっくに薄れ消え去ってしまった。だいいち、音楽での興奮は一時的なものだ。もっと、根本的で、恒久的な方法を考えなければなるまい。しかし……それ以前に、方法を思案するのも、もはやめんどうくさい。めんどうくさいことは、明日以降のおれに任せよう。がんばれ未来の私。

愛の言葉

お前のことが好きだ!

愛してる!

お前は素敵だ!

おまえはカッコイイ!

おまえは天才だ!!

俺はお前の全てを受け入れるぞ!!

お前の痛みを分かち合いたい!!

俺とお前は親友だ!大親友だ!!

イケてるよ!

最高!!!!

お前は素晴らしい!!

お前には無限の可能性が秘められている!

お前が勉強できなくても仕事が出来なくても運動音痴でも、なんの取り柄が無くても!!俺は!!お前が好きだ!!!!無条件でお前が好きなんだ!!!!

LOVE………

きょう、ツイキャスをしていたら、視聴者から、「ブログを書いている場面を配信してほしい」と言われた。いったい、そんなところを観て、どうしたいんだと思ったけど、しかし、案外、絵を描く配信というのは、よくあるけど、文章を書く配信というのは、まったくない。推敲はしているのかと聞かれたが、しているときと、まったくせずに勢いのまま書くときに別れる。その時々である。少し昔までは、頭の中で文章を組み立てて、推敲もなにも無しに、そのまま勢いよく書けていたけど、最近は、そんな芸当も、まったくできなくなって、書いては止まり、書いては止まり、勢いもなにも無い。この記事ですら、この時点で何度も手が止まっている有様である。もう、昔みたいには、できない。何でもそうだ。昔みたいに、毎日のように絵を描いて描いて描きまくることも、もうできないし、昔みたいに、怪我なくスムーズに野球をすることも、できないし、文章も書けない。脳のスペックが、齢25にして、ずいぶん低下してしまった。それは、もう、社会生活など、とうてい営めない程度には、低下してしまった。生きていける気がしない。ともかく、こんなぐずぐずと駄文を書き連ねるシーンを配信するというのは、セルフ公開死刑であって、とてもできることではない。まぁ、しかし、なにも書く事が無い。書く事が無いなら、じっとしておけばいいんだろうけど、どうにも落ち着かない。何もしたくないんだけど、何かしていないと気持ちが悪い。なんでも、人間は、そういう風にデザインされているらしい。何かしていないと気が狂う生き物のようだ。面倒くさいデザインだ。おれは、ずっと寝ていたい。何もしたくない。ブログなんかもう書きたくない。なんで書いているのかよくわからない。草野球だってしたくないし、絵だって描きたくない。風呂にだって入りたくないし、歯を磨くこともしたくない。だるい。ただただだるい。体も心もだるい。もう、ボロボロだ。なんで生きているんだろう。死ぬ度胸が欲しい。体が動かない。何にも感動できない。情熱というものが、まるで欠落しているのだ。そういえば、読書もずいぶん長らくやっていない。本を読んでも、内容がまるで頭に入らない。心が動かない。なんだか、虚無だ。うつ病じゃないかとも思ったけど、精神科ではうつとは診断されなかった。いたって健康らしい。だとすると、おれは、ナチュラルで、だるくて辛くて、無感動で無味乾燥な感情で、この先もずっとこのテンションで生きていかないとならないのか。地獄だ。なんでも、喫煙は220%のドーパミンが分泌されるらしいが、煙草を吸っていて興奮したことが、まるで無い。ひょっとすると、そうとうゆっくり吸っているからかもしれないが、わからない。考えるのも面倒くさい。おれの脳は……もう、いいや。書き疲れた。とりあえず、無になります。さようなら。